公的抑圧を感じながら、、、

Written under being aware of social pressure !

嘘つきの統治

嘘つきが統治している機構には不正がまかり通り、下のものにも嘘を強要、力の行使が蔓延。

組織全体が腐ってしまう。

真実による統治を求む。

NHK

昨日、部屋の中の様子を知っていると感じる報道がNHKであった。

私の部屋を犯すことが公共の利益になるのであろうか?

公共の利益のためには個人は殺されても良いという判断であろうか?

国民からお金を貰って共犯者にしようとするのか?

昨日からNHKを完全ボイコットしています。

家ん中で落ち着かないのはマジ勘弁なんだけど。

私を特定しても私を殺すことと同義ですから。

セクハラ報道

セクシャルハラスメント報道は全て、比喩で言えば、梅沢富〇男の仕業です。

私はそんなことはしません。

癌ジャーナリズム

ジャーナリズムのために個人が死んでも構わないのでしょうかね?

人権を無視した個人の生活を荒らす輩もジャーナリストなんでしょうかね?

そんな人の方が死んだ方がましじゃないでしょうか?

最大限の圧力を感じ

日本の北朝鮮への最大限の圧力再開。

尋常じゃないです。

人権蹂躙も甚だしい。

糞のような扱い。

徹底して日本のためにならないようにする。

反日万歳。

機構の不完全性

人間のつくるどのような機構もそれが完全になるということはない。

これはゲーデル不完全性定理からも言えると思う。

それは政治機構にも、どのように整備しても不完全なところができてしまうということの表れだと思う。

政治機構は人間が健全に生きる上での基礎で、公共の利益の保持監督者である。

政治機構の中でも不完全なところに大罪が潜んでいるものと思われる。そこを極悪人は突くのである。

政治機構の整備の上で、またその国家主体としての力の向上上のうえで、経済大国になることは主要課題。経済で他国を丸め込めるからである。

経済的弱体化が国難となってしまう。そのためには産業が発達するため、私的経済体の資本は頼りになる。私的経済体は無視できない、まあ誰も無視されないというのがもっと根幹の政治機構のあるべき形とは思うが…

産業のために自由競争が促進、切磋琢磨の上でよりよいものをつくれる基盤、この基盤の永遠向上が人間の可能性の形の一つでもある。

経済基盤の向上には「できないことができるようになる」というものが根源的なものである。これを解決していくことが人間を強くするのである。

人と比べるのではなく、自分のできないことができるようになることに焦点を当てて欲しいと思う。自分ができなかったことができるようになればそれだけ豊かな生活を送れる基礎がより強固になるのであるから。それが経験である。

人間という機構にも完全性はないと考える。不完全だからこそ向上を望めるのである。

私は不完全だが監視が厳しく不全を強いられているだけである。不全を強いられるのは人権侵害である。人間の不完全性はあれど全生を保証されることが人権である。人間に不全を強いに強いられてしまうと噛むことはあるが、それは相当にきついからである。人間に不全を強いられない社会を望む。それどころか、やる気を引き出し活力を国力向上に向ける方がよほど国のためになると思う。

人間は不完全だが、どんな人にも可能性があり、そこの折り合いの付け方と自身の促進が豊かな生活の礎になるものと考える。

人間は苦難の時が最も向上する。

苦難の時を考えると貧しい生活でも大丈夫になるし、どこに問題があるかというところに対する徹底した目を養うことができる。また同じような境遇の人に対する優しい目も養われる。同じ辛さを経験して欲しくないと思うからである。

苦難は自分から望むよりも与えられる方が辛い。辛さを経験すると人に対する軽蔑と慈愛がつくられる。辛さを与える人に対しては徹底した侮蔑と同じ境遇の人に対する共感である。

 

機構の不完全性を研究し、人間の不完全性を内包しながらも、健全な発達に向けた永遠の構築が人間の可能性だと考える。

内乱は起こさないように

国家に対して一定の割合でその支配力に苦しむ人たちが出る。

私もその一人。

支配の力との折り合いの付け方が難しく、苦しんでいる人たちの中の一人。

しかし、先ほど、死刑の適用される罪を見てみたところ、内乱罪という国家転覆の為の暴動を起こした者の首謀者が死刑が適用される。ということを見た。

私は苦しんでいるが、国家転覆は望んでいない、片隅で生かされているので、支配力との折り合いの付け方に問題があるだけである。

これを読まれた方の中で、もし、支配力に苦しんでおられる方がおられるのであれば、折り合いが悪くとも国の中で生かされているという事実を元に考えて欲しい。

自分の置かれている諸条件を洗い出し、一つ一つどこに問題があり、どこは解決できるのか?という視点を元に、問題は全解決できないはずであるが(全解決できるのであればそれをバッシングされるという性質から)、問題がありそれが解けなくとも生きる術をうまくすればよいと私は考える。解けない問題を我々は抱えているのである。

私は思想はあれど、科学的具体性は生体ではあれど理解が未熟、社会経済的自立性が解決できていない。

このように自分の置かれている諸条件を洗い出してみると、自分の問題点を客観的に見ることができ、参考になるものを求めこのための主体的行動の変化を促しやすいと私は考える。

人間は外的には成長は止まるが、内的には経験という成長に死ぬまで終わりはない。

 

最初の話題からずれているが、国家に対し転覆を謀るのは大きな罪と見なされるので、支配力との折り合いの付け方を工夫せられし。

私は日本の片隅で生かされているのである。