公的抑圧を感じながら、、、

Written under being aware of social pressure !

公に対する嫌気。

25日、法務局人権擁護課に私に纏わる人権相談に行った。

最初から最後まで嘲笑の眼差しの担当者と「そんな事はあり得ません」との一点張りで、私の話は聞いてもらえず、公的機関による私的事案の生き殺しを目の当たりというか、当事者になった。

 

その後もメディアによる人権侵害は甚だしく、公に対する絶対的嫌悪感を持った。

選挙にも今後一切無関心を貫く事もここで宣言する。

 

と、25日は荒れた。

 

が、心が変わるわけではない。

 

今日、IT関連機材、スマホタブレット、PC、無線ルーターなど全てのIT機器を電源OFFにした所、

また、私は観葉植物を飼っているので、その子により癒しがあるお陰で、外界を遮断する空間を癒しの空間に出来ることを発見。

 

メディアは殺伐と捉えておかないと、気が狂ってしまう。

 

ここに筆を置き、電源を切る。

 

では。

「君の名は。」を観終わり…

恋というものがわからなくなった。

 

私は、

「ルールが世界をつくる」と言っておきながら、

「世界を亡くす力」しか知らないんじゃないか?

と思った。

 

自分が嫌になる。

Facebookを再開!

最近、Facebookを再開しました。

海外から友達申請が多く来て、特に問題を持っている人ではないと判断した人は承認しています。最初は出会いを期待していたんですがねぇ〜☺️

女の子とのやり取りは昔から下手です。

さてと、昨日家にiMacが届いて、それでこの記事を書いてます。

 

今回はこれにて。

心のざわつき。

今日、警察署にマスメディアと私の間の問題に対して再び電話してみた。

20年来のメディアからのプライバシー侵害に対し、盗撮盗聴器の発見は個人でやってほしいと言われる。

情報というのは形として残るのは、意味をなしている所だと思うから、盗撮盗聴器を発見しても、それによって奪われた情報はもはや立件は難しいのかと思う。

しかし、盗撮盗聴器の放置を許す法整備なのだと理解。

この大きな事実の裏にマスメディアの共謀罪対策法に対する攻勢をたてていると理解。
自分たちがそれらの恩恵を得ていると思ったからだ。

心のざわつきが大きなものとつながっているように感じてならない。

忠犬キースが天国へ召された。

昨日、入院中の病院にてこの間の警察の取り調べがあった。

その時刻の直前にキースは、私の元へ警察の取り調べに心の中で立ち会ってくれた。

取り調べが終わり、夜にその事実を聞き、想いに浸った。

 

今朝早く目覚め、キースとの想い出が巡り巡って涙が止まらなかった。

私の精神の病で弱っている時に飼われ、私をいつも癒してくれたキース。

どんなに心が荒んでいる時でも、彼がいる時だけは心に潤いがあらわれた。

私はどんな事があっても彼を忘れない。

 

私の永遠の心の相棒です。

 

天国で私のことを見守ってくれていると思います。

来世でまた会うことを今朝誓いました。

 

キース、元気で。

宣戦布告。

今日の昼にTwitterでメディアに対し宣戦布告した。

 

今までの私のプライバシーを侵害し続けた人格権を傷つける表現に対する精神的苦痛の慰謝料の提示。また、今日からカウントして毎日加算される日額と違反金額提示。

 

一回違反はあったが、局も体制を立て直し、私と身の回りに関することはぎりぎり避けるか、離れているか。

 

本当は私の監視なくともそうでなければならないのだが、違反があれば金額が積み上がるだけなので、まあいいかと思っている。

 

これで、フェードアウトしてくれればそれでいい。

 

Twitterでカウントしています。

 

今の所、一回。

 

今日から内容が私のプライバシーに一回触れたら一回カウントです。

 

普通の人ならあんまり感じない感覚かも。

 

良かった。心はどんだけ踏みにじられたことか、糞メディア。

 

これからも監視は続く。そして、直接交渉まで日に日に額が足される。違反もね。

間接交渉には応じない。

私の使命。

私はTwitter(@RydeenTakeshi81)で世界の境界を自分なりに表現しています。

 

これから私は職業訓練校介護サービス科に通い、高齢者介護、認知症、障害者福祉について一通り勉強します。

 

私はそれを踏まえ、大局的な視点から、大変な現場に対する改善提言ができればいいなと考えている。

 

現場、経営者の視点、行政の政策。

 

最初から全ては網羅できないけれど、自分の地点で見えること、鳥瞰的な見方、運営が円滑に行われるような提言。人を批判するのではなく、どうすれば良いムードになるのか?という視点が私の場合大事。

 

Twitterには最近は、真実、政治、戦争、命、言葉。などについて呟いている。

 

自身の特異点から、心で見えるものと周りの世界の境界線を言葉を使って、「こうではないか?」という切り口で切っている。

 

であるが、これから先は多分みんなの関心に上ることは減ってくると思う。

 

それは、弱い人、恵まれない人の立場を確立すること。

 

に関心がある為、強い人には全く関心を寄せることができない。これは昔からなのです。

 

福祉の見地からどう受け皿を整えれば良いのか?という視点から提言し続けること。これが私の生きる道かな?これが私の使命なのではないか?と思っています。

 

介護現場の職員の持つ、介護の必要な方、経営者の板挟みに会い、職員の個人的な感情もあられると思いますが、連携の仕方、利用者の待遇から考える経営者の運営方。それらが一通り身についてきたら、行政の福祉政策について提言していきたいという所存です。

 

心の絶望に対する提言。心が生きられれば世の中をそれなりには楽しめます。

 

異常心理には外からの矯正,歯止めが必要ですが、そういった人達の被害者の心理にはケアが必要です。

 

私は心の病を持っているので、そして絶望も体験して自尊心はまだ十分癒えていませんが、私が出来ることは先に述べたことです。

 

みんな傷ついているのだと思わないといけないのだな。と思います。私は自分の傷に無自覚にならざるを得なかったので、心が脆弱な中での人の考え方には気づけます。私は心が落ち着ける基地を作りたい。そこだけ安全が確保されれば私たちはより自由を得られます。経済的な自由はもっと次元が高いですが、私は心の安全地帯を作りたい。その為には今のようには1人ではいけない。

 

私は1人の世界に引きこもっている。テレビから干渉を受けていると感じ不快に思っているので、マスコミに対する表面には楽しんでいるが憎悪は根には持ち続けている。それは終わるまで持ち続ける。

 

最近ようやく理解者が出てき始め、変わりつつあるが、仲を築くまでには中々難しい。

 

今回はこれにて、、、