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当事者研究「シンクロニシティからの逸脱とその反応」

 

 

当事者研究

シンクロニシティからの逸脱とその反応

 

 

こんにちは、みなさん。

 

私は、統合失調症にかかり、半生になりますが、自分なりのこの統合失調症の解釈はできている。

と考えております。

 

まず、題名にも書かれた「シンクロニシティ」という言葉の意味するところは、辞書によっては記載されていないものもあるみたいなので、私の最初に知った時の意味。

 

 
シンクロニシティ」=「因果関係のない意味のある偶然の一致」

 

という言葉を使って、統合失調症の主症状を見て行きたいと思います。

 

シンクロニシティ?因果関係?意味のある一致?と思われる方々が大半だと思うので、この場面を想像してください。この場面は実際の私の遭遇した私の体験談です。

 

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私は授産所で、接客の仕事をしていました。レストランです。

(その当時は、幻聴もたくさん聞こえ、大変苦しかったです。)

 

 
レストランはビュフェ形式なので、お客様は各自自分の分を好きなだけ取れるシステムでした。

 

当時の私は、仕事というものがわかっておらず、接客も自分がどう見られているのかがとても不安でした。

まあ、仕事のことについてはここでは置いておいて、

 

決まった幻聴が聞こえていました。

 

「お前は次、こう行動するだろう?」

 

と、、、その時、

 

1.ハッと思って、その通りに行動したら、

「ああ、やっぱりやったなw」という感覚と周りの人たちの実際に笑うという反応。

 

「お前は次、こう行動するだろう?」

 

2.イヤ、私はそのようには行動しない。と拒否する行動をしたら、

「ああ、お前はできないんだw」という感覚と周りの人たちの実際の笑うという反応。

 

1,2より、幻聴に従っても、反抗しても笑いに晒される。という屈辱的な気持ち、それを抱えている時は、本当に苦しかったです。

 

でも、あるきっかけを機に、これが、勘違いなのかな?と思えるようになりました。

 

これはみなさんにとって、「えっ、どうして勘違いだと言い切れるの?」

と思われるでしょう。

 

説明します。

 

私は幻聴を聞こえている時、その予感めいたもの、それが私にとって「お前は次、こう行動するだろう」攻撃であった事、

予感めいたものは私だけではなく、その場のみんなに伝わっていたこと。

そして、その伝わったことが面白くてみんなが笑っていたこと。

でも、私はそこで自意識過剰になり、自分が笑われたと勝手に錯覚していたこと。

 

もうちょっと抽象的に言うと、

 

レストランの中にいる人は、ゆるく包まれたある空間を共有していたこと、

また、レストランに来ていた人たちに、因果関係は関係ないこと、

そして、時系列に物事が同じ空間内で経験を共有していること、

段々、同じ事象を感じてきた、その場にいたみんな、私たち接客の人もお客様も含め、一部調理に関わっている人も

この時に言った同じ事象が、シンクロニシティと言う訳です。

 

そして、ある時、この事象に誰か面白いことを発信したり、面白い出来事が起こる展開になった時、

私には幻聴が聞こえ、その大きな流れシンクロニシティから逸脱してしまった。

時系列的に私だけ大きな流れから離れ、自意識過剰になり、どう動こうとも、面白い事は面白いので、

みんなが笑う。でも、この笑っていることがどうしても自分のことを笑っている様にしか感じられない。

 

こういう風に振り返ることができたこと。

つまり、「みんなは私のことを笑っているのではなくて、面白い何かしらの出来事を面白いと感じた。」

と思えたことで、この発見が私にとってかなり精度の高い気付きで、それ以降、幻聴の99%が消えてしまいました。

 

この例は、サトラレ体験も近いと思います。

 

そう、私はシニカルな幻聴が聞こえなくなりました。この気づきから今に至るまでどれくらい時間が経ったかな?

確か、5,6年前でした。でも、最近また傷口が開きつつあり、幻聴はないものの、笑反応は感じます。wwwという感じです。

 

近頃、その笑反応は、やはり被害妄想的に私を笑っているように感じるのです。

健常者の方は頭の中で解釈し、話しているのに対し、

統合失調症の方は、周りの方が言っていることをしてしまっている。

 

そしてもう一点、シンクロニシティに関して違う気づきがあったので、ここで紹介しようと思います。 

先日、有名なドーナツ屋さんで、今勉強している資格の勉強をしてた時の話です。

その資格の問題で「ア、イ、ウ、エ」で4つの選択肢で分かれていたのですが、

その時もシンクロニシティに手伝って貰いました。

 

実際の距離は離れていましたが、私の周りではやはり笑い反応が多く、女子高生が大声で笑っていました。

その中で、問題文を読んだ後、アを見たところ、女子高生は笑いました。

次、イを見た時、僕は正解だと思ったけれど、女子高生が再び笑いました。

そして、ウを見た時、一気に周りの笑いが収まって、あれれ?と思いました。もしやこれが答えか?と思いました。

最後に、エを見た時、また笑いが巻き起こりました。

それで、答えを見たところ、何と「エ」が正解でした。これには、ちょっとビックリしたけど、ここでよくよく教訓とすべき所を見つけたように思いました。

 

それは、

「周りのざわつきは、その場のシンクロニシティだけであって、必ずしも正しい答えを持っている訳ではないことに気が付いた。」ということです。

私はこの時間違えましたが、これから自分の感じる周りの反応(直接的な意思疎通ではないもの)で自分の道を決めてはいけないと思いました。

 

統合失調症の人は、

1.現実に見聞きしている確かな物理的にあるものを感じる部分。

2.幻聴や幻覚、妄想のようなヴァーチャル的に感じる部分。

3.自分の意思するところ。

 

3は2に影響されやすいが、1と2でクリエイティブで建設的な考えがあるならば、その道を築くのがいいと思います。

 

でも、場によって2が出てきて、私のように実際に笑われ反応や、当事者にとって実際の影響を受ける事があるかもしれないけれど

3だけは、大切に持っていて下さい。それは自尊心かもしれません。2により自分が苦しむ必要はありません。

何故ならば、シンクロニシティへの新しい気付きが私にそう思わせたからです。シンクロニシティは正解マシンではありません。

 

以上です。