公的抑圧を感じながら、、、

Written under being aware of social pressure !

私と同種の人間の頭の中

今年の締めくくりとして、私の人生を振り返り、もし私と同じ種類の才能を持つものを育むさいの諸注意を書いておこうと思う。

 

私は幼少期にカトリックの洗礼を受けた。

その当時はよくわからなかったが、心の避難所というか、心の安息場としての宗教というものがあると、今は理解している。

 

生活の場としての家は、いつも答えを求めていた。

そう追い込んでいたのは父かもしれない。

母はそれに気づいているのか?気づいていないのか?わからないが、外から守ってくれていたように思う。

平凡な父と優秀な母の元に優秀な子が育つという形でできた私です。

 

私は小さい頃より理系教科が優れる。しかし、文系教科を疎かにする。

 

小児喘息を持っていたが、もっと酷い喘息の兄がいたこともあり、母は私に水泳を習わせる。

 

兄の死により、兄の精神性を長く受け継いだ気がしている。

 

私は音楽が好きで、またルーツを大事にする、オリジナルが一番と思う人間だった。

 

算数、数学で学年トップを取り始める。

そのお陰でますます数学にのめり込む。

しかし、学年ではトップでも全国区ではまだまだだった。

好きな数学ができる環境があり進学校は理想的だった。

高校3年から、「大学への数学」という東大、京大受験者がよく読む冊子に取り掛かる。

浪人時代(私は違うが大学でもいいと思う)、その冊子の学力コンテストで一度だけ名前が載る。全国区で一度だけ名前が載った瞬間だった。

 

大学が理想だが、そこで数学基礎論について研究が望ましい。

私の場合は、その前に精神科に入院し、過度な薬により数学技術力が奪われ、才能が殺されるとまで思った。それぐらい恐ろしかった。しかし技術を奪われても浪人時代に養った力で抽象論が掴めるくらいだったので、技術を補い補いしながら数学基礎に基づいて抽象論を試しては捨てる日々が続いた。

 

ある日、ゲーデル不完全性定理と矛盾しない命題、私の創造命題を発見。

 

精神科の薬を飲んでいて、また世の中のことを知らなすぎたので、それが万能だと思い、そればかりの上っ面な男になった。

 

しかし、創造命題の発見後の米同時多発テロ

 

私は創造命題と因果関係がないと思っていたが、そんなに世の中甘くないという見せしめだったのかもしれない。

 

メディアからの攻勢が激しくなる。私の精神科の入院のきっかけもメディアからの攻勢。

 

私は戦うことによって、いいものを生み出せる星の配置らしい。

 

精神科での生活訓練・社会訓練を始め、私という人間の修養を始める。

 

生活訓練で生活面。社会訓練で就労面を鍛えていくことになる。

この間は、メディアと距離を取る。

 

就労に着き、仕事を始めると仕事以外の風当たりが強くなる。メディアです。

 

生活訓練中に、創造命題で偽となる領域を友人に知らされ、それを後に破壊命題と名付け、「唯一絶対という法則はないという真理」により、二つの命題の境界線を意識する。

 

全ての物事に法則があるという前提ならば、境界線があると思う。

 

私は創造命題の代弁者となったので、その境界線が私の破壊という形で現れるようになっているのだと思う。

 

今はしっかりしているが、現実検討能力も鍛えていく。

破壊されると思うと自然と鍛えられる。

しかし、何も持たない人を破壊するのは殺人でしかない。そこは配慮が必要。

 

私の破壊が末期に達し、自分の死を捉えられるようになる。

その間に性善説で取り繕えなくなり、性悪説に転向する。

しかし、悪人には決してならないという自分の信念だけが頼りとなる。

 

生活は荒廃。その中でも最小限で自分の生活を立てられるようになる。

今の私でもまだ誰かを養えるまでの経済力はない。

見たくないものを突きつけられ、父との離縁もあるかもしれない。

 

この頃には既に一人の生活に慣れきっている。

教養のある女性により深みが増していると思う。

 

そうそう、数学基礎論の研究をしている間は枠で捉える時だから枠を変えるのは苦手な時期かもしれない。自分の枠でしか捉えられない。

そして、いつも当事者視線を持ち続ける。

犯罪者の烙印を押されていたので、その罪の理由によっては状況を悔やむ時もある。断罪されて当然と思う人も多いが。

 

最終的には公の場から消える。ということが大きな節目になると思う。

それ以後は追いかけないで欲しいと思っている。

真理を知り、力を軽視し過ぎたため、追いやられる境遇は受け入れられるようになっても、自分の正義と人を不快にさせたくないという行動基準は徹底するので人嫌いなのではないか?と思われても、一人を貫くだろう。

 

占いにも興味を持つだろう。

自分を知ることの上で、上級者は自分の外もわかるだろう。

文系教科を疎かにしたことで、拙い文章の中に込める意味を伝えられるようになる。

 

ここからは私以外の人だが、オールラウンダーは平均力、特化型は得意分野を伸ばすべき。

理系は自然を相手にでき、文系は人を相手にできる。

 

以上。

 

P.S. 統合失調症の幻聴や妄想でだいぶ悩まされるが、それを抑える方法も身につけているはずである。それまではだいぶ混乱しているが、それ以後は頭は冷静になっている。自分という枠だけで考えず、社会での私という視点も持っているはずである。かなり破壊されるが、自分自身の信念で生き抜いていると思う。