公的抑圧を感じながら、、、

Written under being aware of social pressure !

福祉の人たちへ、障害者からの提言。

私は一精神疾患患者です。(統合失調症

私から見た福祉の人たちへの気づいて欲しいことを書きます。

私は全ての人の中にはエゴがあると考えています。

そのエゴを善性で覆っていて、善性だけが見える人もいます。エゴに気づいていない人もいると思います。特に福祉に進まれた方は性善説で来ている人も多いように感ぜられます。

しかし、私の考えるところだと、全ての人には内にエゴを秘めていると思うのです。

福祉の人たちの中には、エゴが顔を出している人も見て来たと思います。

しかし、その人は善で覆えないきつい状態を味わっているのだと理解してください。自分でも抑えたいエゴが上手く処理できず、乱暴な形であらわにしてしまうことが本人もどう処理して良いのかわからないでいるから、そのような形でしか表現できないのです。その人の本心が性善説で通用しない場合があることに留意してください。だからと言って悪人扱いしないであげてください。

人間の心には善も悪もあります。その人は自分の善性を見失っている可能性があります。本人は過大な要求があるかも知れません。でも、それは当人の生活の規模があります。何があれば満足が行き、何がなくてもよいのかを知るのも手立てかも知れません。全てを手に入れられる人はいないです。

何に価値を置き、何を捨ててもよいか?それを知り、本人の知るところで取捨選択をさせてあげて欲しいというのが私の願いです。自分が何か付加価値を付けられても、知らないところで不要なものを捨てられるのは私だったら嫌だからです。

本人の意思がある限りは取捨選択は本人にさせてあげてください。責任感を育む上で必要です。でも逆に本人が捨ててもよいと思っているものでも、他人が価値があると思っているものは評価されてから教えてあげてください。本人のやる気が上がります。

障害者はハンデを負っています。そのハンデで負けそうになったり、励みにしたり様々です。でもハンデは体から切り離せません。辛いです。

その人その人で物語があり、元の人生には戻れないけれど、人間らしい大事なことに気づくチャンスは障害者全ての人が持っています。

ハンデをチャンスに変えることは普通はできないけれど、ありのままの人間を担っている障害者に文化的な生活を保証してあげてください。

一障害者からの福祉の人たちへ気づいて欲しいことでした。